ごーしゅーらっこん 旅の記録

    

2013年8月

(5日間)

「北三陸あまちゃんの旅」 

         

初日  <ごーしゅー>社員旅行(奥入瀬)

     <らっこん>本八戸ポエムのファミリー→ポエム宅ステイ
2日目 <ごーしゅー>社員旅行(十和田湖・八甲田山・青森市内)

     <らっこん>国際交流フェスタ参加

     →八戸チボリのファミリー→がんこおやじの店→ポエム宅ステイ
3日目 陸奥湊朝市→灯台(雷注意報)→種差海岸(ポエムとお別れ)

     →久慈(うに弁当)→陸中野田(のだ塩ソフト・魚)

     →小袖海岸(あまちゃん灯台・不自然なウニ捕り実演・取れたてのウニしょっぱい)

     →久慈(まめぶ汁)→田野畑(ホテル羅賀荘)
4日目 田野畑→北山崎(絶景&うに丼)→田野畑

     →小本(ローソンがあった)→龍泉洞(クソ)→岩泉駅(無人駅)

     →道の駅いわいずみ(かけそば&短角牛カレー&コロッケ)→小本→バス(仮設住宅)

     →宮古(ラーメン屋&寿司屋お盆休み・蛇の目本店の絶品生うに巻)→ホテル(怖い)
5日目 宮古(大雨により浄土ヶ浜断念)→山田線(2時間ずっと緑)

     →盛岡(焼肉&冷麺)→仙台(ミエコのファミリー参加・伊達の牛タン弁当)→帰宅

2013年3月

(3日間)

「静岡1年9ヶ月ぶりヒッポなしの旅」 

         

初日  東京→清水(まぐろ)→三保の松原(絶景)→日本平(滞在10分)→静岡

     →金谷→大井川鉄道→千頭(食事処なし・夕食商店)
2日目 千頭(朝風呂クソ)→川根両国→大井川鉄道アプト式

     →井川(おでん・船運休)→接阻峡温泉→千頭(そば屋)

     →寸又峡温泉(夢の吊り橋らっこん渡れず・温泉すべすべ・いわなの骨酒)
3日目 寸又峡温泉(鹿刺・山いも餅)→千頭→金谷→清水(まぐろ)→船

     →エスパルスドリームプラザ(もつカレー)→清水→静岡→東京

2012年8月

(日帰り)

家(JR)久喜(東武線)館林<とんかつふくよし>(東武線・秩父鉄道・JR)新町

新町<ガトーフェスタハラダ>(JR)高崎問屋町<そばきり(無星)>(JR)高崎(JR)家

2012年5月

(3日間)

「岐阜“くまも〜”の旅再び」

               

初日  東京(新幹線)名古屋<きしめん>(JR)西岐阜(タクシー)→(ヒッポ)→

     温泉→<岐阜郷土料理>→かえるちゃん宅

2日目 かえるちゃん宅(車)長良川<ういろう>(車)岐阜城(車)イオン各務原店(車)

     かえるちゃん宅→(ヒッポ)→JO宅

3日目 JO宅→<モーニング・インド料理>→JO宅(車)岐阜(JR)名古屋(新幹線)東京

2012年4月

(4日間)

「被災地復興支援ヒッポツアーB太平洋側3県編」

          

初日  大宮(新幹線)八戸(JR)陸奥湊<みなと食堂・平目漬け丼>(JR)鮫

     鮫(徒歩)マリエント<うに丼>(徒歩)鮫(JR)八戸(バス)中心街

     →南部会館(ヒッポ)→ウーラン宅

2日目 ウーラン宅→ポエム宅→三沢(ヒッポ)→アメリカ村(メキシコ料理)→八戸

3日目 八戸(新幹線)盛岡<盛楼閣・焼肉>→(ヒッポ)→<明明家・冷麺>→(ヒッポ)

     →盛岡(新幹線)仙台(徒歩)ホテル

4日目 ホテル→(ヒッポ)<昼食:寿し>→<利久・市役所前店>→仙台(新幹線)大宮

2012年3月

(2日間)

「未開の地・北陸完全制覇A石川(金沢)編」 

         

初日  大宮(新幹線)越後湯沢(特急)金沢(徒歩)近江町市場<回転寿し>

     近江町市場(徒歩)兼六園(タクシー)忍者寺→(ヒッポ)→やまじゅう<宿泊>

2日目 やまじゅう→近江町市場(ヒッポ)<チャンピオンカレー>(バス)金沢

     金沢(特急)越後湯沢<一合おにぎり>(新幹線)大宮

2012年2月

(3日間)

「未開の地・北陸完全制覇@福井編」 

         

初日  東京(新幹線)京都(ヒッポ)→(特急・小浜線)→若狭高浜<若狭とらふぐ>

2日目 若狭高浜(小浜線)小浜<浜焼き鯖>(小浜線・特急・えちぜん鉄道)松岡

     松岡(徒歩)黒龍酒造(タクシー)永平寺(バス)福井<越前そば>

3日目 福井(えちぜん鉄道)三国港(徒歩)東尋坊<海鮮丼>(バス)三国港

     三国港(えちぜん鉄道・福井鉄道)福井<ヨーロッパ軒・ソースかつ丼>

     福井(特急)米原(新幹線)東京

2011年11月

(4日間)

「6年3ヶ月ぶり!ごーらこ韓国交流」

2011年10月

(3日間)

「被災地復興支援ヒッポツアーA仙台・岩手・秋田編」

          

初日  大宮(新幹線)仙台蒲町(ヒッポ)→<利久の牛タン>→仙台泉中央(ヒッポ)

     →仙台(新幹線)盛岡(花輪線)安比高原

2日目 安比高原(花輪線)土深井<村の駅トプカイ・比内地鶏>(花輪線)盛岡

     盛岡(じゃじゃ麺・焼肉・冷麺)

3日目 盛岡(東北復興ワークショップ)<冷麺>(新幹線)大宮

2011年8月

(2日間)

「被災地復興支援ヒッポツアー@南東北3県編」

          

初日  大宮(新幹線)仙台<利久の牛タン>→(ヒッポ)→とっち宅

2日目 とっち宅→松島・奥松島<被災地>→仙台(仙山線・新幹線)赤湯

     赤湯(タクシー)龍上海<辛みそラーメン>(タクシー)赤湯(新幹線)福島

     福島(徒歩)山女<福島餃子>(徒歩)福島(新幹線)大宮

2011年6月

(3日間)

「日本最北端・"準"完全制覇」

               

初日  羽田(飛行機)稚内(レンタカー)ノシャップ寒流水族館

     →<昼食:樺太食堂・うにだけうに丼>→宗谷岬→宗谷丘陵→猿払村

     →宗谷岬公園→稚内公園→稚内市内<夕食:炉端蝦夷の里>

2日目 稚内(フェリー)利尻島・鴛泊港(路線バス)沓形港(フェリー)礼文島

     礼文島・香深港→地蔵岩<昼食:佐藤売店・うに丼>→桃岩猫岩

     →スコトン岬→澄海岬<タコのからあげ>→金田ノ岬→香深港<塩ラーメン>

     →礼文島(フェリー)稚内<夕食:網元>

3日目 稚内<朝食:ひとしの店・かにめし>(JR)旭川(バス)旭山動物園

     旭山動物園<スープカレー>(タクシー)旭川空港<ラーメン>(飛行機)羽田

2011年2月

(3日間)

「岐阜だけど“くまもと”と“わかやま”の旅」

               

初日  東京(新幹線)名古屋(名鉄)可児<マサイ報告会>→JO宅<マサイ合宿>

2日目 JO宅<モーニング・小倉トースト>(車)下呂<菅田庵・飛騨牛鉄火丼・トマト丼>

     下呂(JR)高山<飛騨牛づくし>

3日目 高山(バス)白川郷(バス)高山<高山ラーメン>(バス)新宿

2010年8月

(4日間)

「イカと佐賀牛と佐世保バーガーの旅」

               

初日  羽田(飛行機)福岡空港(地下鉄・JR)唐津(バス)波戸岬<イカ>

     波戸岬(バス)呼子<イカ>

2日目 呼子(バス)唐津・唐津城<キャラバンステーキハウス・ステーキ>

     唐津(JR)佐賀<季楽・佐賀牛せいろ蒸し>

3日目 佐賀(JR)上有田<有田焼>有田(松浦鉄道)たびら平戸口

     たびら平戸口(タクシー)平戸城・聖フランシスコザビエル記念聖堂(タクシー)平戸

4日目 平戸(バス)佐世保<佐世保バーガー>(JR)ハウステンボス

     ハウステンボス(高速船)長崎空港(飛行機)羽田

2010年8月

(2日間)

初日  東京(新幹線)豊橋(特急)飯田

2日目 飯田(特急)豊橋(新幹線)浜松<ひつまぶし>(新幹線)東京

2010年5月

(3日間)

「会津・新潟ローカル線の旅」

               

昨年に引き続きGWに新潟へ。今回はローカル線を使っての新潟入りとなった。

  

初日  大宮(新幹線)浦佐(上越線)小出(只見線)只見<美好食堂・ラーメン>

     只見(只見線)会津坂下<坂下ドライブイン・馬刺し>(タクシー)喜多方

2日目 喜多方<まこと食堂・ラーメン>(磐越西線)会津若松(磐越西線)新潟

     新潟<とんかつ太郎・新潟カツ丼、おにぎり越後屋・おにぎり>

     ホテルオークラ新潟<スイート>

3日目 新潟<回転寿司>(新幹線)長岡(上越線・飯山線)土市

     土市<名代生そば由屋・へぎそば>(タクシー)十日町(ほくほく線)越後湯沢

2010年2月

(3日間)

「東海3県完全制覇」

               

初日  浜松(餃子・うなぎ)→伊良湖(大アサリ・ふぐ)

2日目 伊良湖→鳥羽→伊勢(伊勢うどん)→伊勢神宮→松阪(松阪牛)

3日目 松阪→名古屋(ひつまぶし・名古屋コーチン・天むす)

2009年8月

(4日間)

「帯広&えりも岬」

               

初日  新千歳→帯広(豚丼)→200メートルベンチ→ばんえい競馬→北の屋台

2日目 帯広→池田ワイン城→池田牛→帯広(牛トロ)

3日目 帯広→花畑牧場→えりも岬→寿司→日高

4日目 日高→苫小牧(ほっき貝)→新千歳

2009年5月

(3日間)

「大移動364q・新潟食い尽くしの旅」

               

初日(市内) とんかつ太郎→ナポリタン→へぎそば→朱鷺メッセ

2日目 市内→村上(村上牛)→笹川流れ→市内(寿司)

3日目 市内→直江津→越後湯沢

2009年1月

(日帰り)

「関東完全制覇番外編・思いつき銚子日帰りの旅」

               

またも平日日帰り旅。今回の目的地は銚子。

錦糸町から特急しおさいに乗ること2時間。銚子へ到着。

そこから2人は話題の銚子電鉄に乗ってまずは犬吠崎へ。

犬吠崎灯台に登ったあと、2人は犬吠駅近くの回転寿司屋に。

大きなネタとリーズナブルな値段の回転寿司を楽しむごーしゅー&らっこん。

もちろんらっこんの片手には地元の日本酒が。

結局2人は合わせて20皿(40カン)を平らげた。

らっこん曰く

「特別何がおいしいってわけじゃないけどさぁ、総合的に良かったよね。店の雰囲気とかさ。

 店の雰囲気って大事だよね。やっぱ店の雰囲気がいいとさぁ・・・」

   

その後、パンパンに膨らむ腹で、銚子電鉄の終点・外川駅まで歩き、再び銚子電鉄に乗車。

途中、笠上黒生駅で下車し、パンパンに膨らむ腹で銚子ポートタワーまで歩く。

腹がパンパンに膨らんでいるのでポートタワーでは飲み物を飲む程度で抑え、

お土産を買い込むと、パンパンに膨らむ腹でバスに乗り銚子駅へと向かった。

新宿行きの特急しおさいの発車まで1時間ほどあったので、

パンパンに膨らむ腹をかかえて銚子駅付近の食堂で夕食。

なめろうやハマグリなどを口にしたものの、それほど食べることができず、

結局パンパンに膨らむ腹を引きずりながら、新宿へと帰ってきたのだった。

   

今回の食事の記憶、大量の寿司・・・以上。

2009年正月

(2日間)

「新春ありがた〜い奈良の旅」

               

2009年は元旦からごーしゅーの田舎の京都へ。

そして翌日は電車で15分ほどでいける

世界遺産の奈良・春日大社へ初詣に向かった。

奈良公園の鹿の間を縫いながら春日大社にお参りし、

その他、奈良の大仏、二月堂、五重の塔など、

新春からありがたいものを拝んだ2009年のお正月であった。

2008年10月

(日帰り)

「関東完全制覇Eじっくり江ノ島7時間」

               

茨城→埼玉→栃木→千葉→群馬と続いた関東完全制覇の旅は、いよいよ神奈川へ。

当初ごーしゅーはまぐろで有名な三崎に行こうとしていたが、

ごーしゅーとらっこんの休みが重なった水曜日は、お目当てのお店がお休みということで、

行き先を三崎から江ノ島に変更。

藤沢から江ノ島経由で鎌倉に抜ける日帰り江ノ電ルートを旅することとなった。

江ノ島に到着したのは正午前、

食事をしようとお目当てのしらす専門店へと向かったが、

平日にも関わらず大行列で1時間待ち。

近所の店を探索しながら時間をつぶし、午後1時過ぎにようやく店に入ったが、

期待していた生シラス丼はイマイチ。

そこで飲んだ江ノ島ビールもらっこんの口には合わず、

腹だけが膨れ心は満たされないまま店を後にする。

食事のあとは江ノ島を散歩。

エスカー(登山用エスカレータ)も使わず、頂上まで上り、

さらには江ノ島の一番奥にある岩屋まで到達。

実に往復4時間をかけ、江ノ島を完全制覇した。

その後2人は江ノ島の入口付近にある店で軽く食事。

らっこんはそこでビールと2個1500円のハマグリを食べて上機嫌。

2人はそこから江ノ電に乗り鎌倉を目指そうとしたが、

日はすでに傾き、江ノ電から太平洋は見えないと判断。

景色が見えないのなら江ノ電に乗っても意味がないので、

そのまま夕食も江ノ島でとることとした。

夕食は散策の途中にあった磯料理屋。

そこのカワハギにらっこんが引かれ、夕食はこの磯料理屋でとることに。

客はごー&らこを含め2組しかいなかったが、ここの料理がいずれも絶品だった。

カワハギの刺身にお吸い物、キンキの刺身、キンキの煮付け、そして生シラス。

加えてらっこんがビールと日本酒を飲んだにも関わらず、

値段は2人でたったの5500円!!

結局、今回も予定外のお店で大満足をする結果となった。

  

らっこん「キュッ、キュッ、キュッ♪」

2008年8月

(3日間)

「関東完全制覇Dうどん、うどん、ひもかわ、うどん」

               

今回は日本3大うどんの一つ「水沢うどん」と、最近テレビでよく紹介されている

桐生の「幅広のひもかわ」を求めて群馬へと旅立ったごー&らこ。

度重なる電車の遅延に苦しめられながらも、

ごー&らこは初日の昼にうどん、2日目の昼にうどん、3日目の昼にひもかわと、

3日間麺三昧の日々を送ったのだった

そしてその数日後、ごー&らこはらこの実家の久喜へ。

そこでもごー&らこはお昼に加須うどんの名店でうどんをすするのだった。

2008年5月

(2日間)

「関東完全制覇C極寒の房総半島で水族が舞う」

               

今回は1泊2日で千葉・房総半島へ。

初日は新宿から中央線→総武線快速→内房線と乗り継いで、内房の安房勝山駅へ。

出発が午後だったため、安房勝山へ到着したのは、午後6時前。

   

するとそこで思わぬ出来事が。

  

なんと、夕方になったためか、安房勝山駅の駅長が帰宅したらしく、駅はもぬけの殻。

結局2人はSuicaを精算すらできないまま、改札の外へ。(ちゃんと翌日精算しました)

そして雨の降る中、駅から歩いて10分ほどでにこの日の宿となる

全室オーシャンビュー・・・、もとい“東京湾”ビューのペンションに到着。

この日の宿泊客はごーしゅー&らっこんの2人のみということで、

2人は完全貸切状態で1泊を過ごすこととなった。

夕食は1階の食堂での食事。

ペンションオーナーのおばちゃんの孫がコンビニの弁当を喰らう姿を横目に、

ごーしゅーとらっこんの目の前には特別豪華ではない普通の海の幸が並べられた。

するとそこで思わぬ出来事が。

なんと、らっこんの注文した生ビールが、「樽の栓をきつく閉めすぎた」との理由で、

ビールを注ぐことができないというハプニング。

らっこんは悲しそうな顔を浮かべて瓶ビールへの変更を余儀なくされたが、

その注文した瓶ビールが冷たく冷えていたので、

らっこんはすぐに満面の笑みを浮かべて、海の幸をつまみにビールを堪能していた。

その後、地元の日本酒も堪能したらっこんが食事を終えたため、

2人は部屋に戻ろうとする。

  

するとそこで思わぬ出来事が。

   

なんと、ペンションのオーナーが翌日の朝、地域の大掃除で朝早く出かけてしまうので、

翌日の朝は勝手にお湯を入れてお風呂に入ってくれとのこと。

結局翌朝、ごーしゅーは勝手にお風呂に入り、

2人は用意してあった朝食を食べると、勝手にチェックアウトをした。

   

2日目、この日は元々は鋸山に登る予定だったが、

雨と風、そして5月とは思えないほどの寒さ(13℃)だったため、鋸山を断念。

目的地を鴨川シーワールドに変更した。

安房勝山から内房線で館山へ。そして館山で乗り換えて、電車に乗ること計1時間。

2人は安房鴨川駅に到着。

そこから2人はタクシーで鴨川シーワールドへ。

  

するとそこで思わぬ出来事が。

  

なんと、GW後の週末、しかもこの悪天候にも関わらず、

鴨川シーワールドにはたくさんの客の姿があった。

普段、人がいない場所か、居てもジジババだけという旅ばかりをしていた2人は、

家族連れであふれるこの鴨川シーワールドに若干戸惑いを見せる。

そんな中、2人は鴨川シーワールドに入場し、まずは入口付近のエコ・アクアロームへ。

そこには剥製ばかりのロシアのそれとは違う“生きた”魚たちが泳いでいたため、

らっこんだけではなく、ごーしゅーも興奮。

そしてそのエコ・アクアロームを見終わると

正午からはベルーガ(シロイルカ)ショー→イルカショー→

シャチショー→アシカショーの怒涛の4連発が始まった。

2人は寒さに凍えながらも、家族連れ、修学旅行生、高校生のカップル、ヤンキーカップル、

そしてヤクザであふれる客席で、ショー4連発を満喫する。

ショー4連発が終わったのは午後2時。

ここで2人は鴨川シーワールド内のレストランで食事を取ることとした。

ごーしゅーはパスタを、らっこんはカレーとコーヒーを注文して席に着く。

   

するとそこで思わぬ出来事が。

   

「おいしくない・・・」

   

毎回の食事に命をかけるらっこんの口から、まさかの一言が飛び出す。

   

「なにこれ〜。このコーヒー300円もするのにすごいマズイんだけどぉ」

   

ごーしゅーは次第に悪くなるらっこんの機嫌を紛らわしながら、レストランを後にする。

そしてそのあと、2人はペリカンの散歩を横目に、一番奥にあるロッキーワールドへ。

そこでペンギンやラッコ、さらにはアザラシ、セイウチといった水族たちを見たらっこんは、

徐々に機嫌が回復。

さらに屋台でハマグリ串を買って食べると、らっこんの機嫌はすっかり元通りになっていた。

   

こうして半日でほぼ鴨川シーワールドを制覇した2人は、

シーワールドを後にすると、再び安房鴨川駅へ。

安房鴨川午後4時6分発の「新宿わかしお号」に乗って、

新宿まで2時間半の道のりを、旅の余韻に浸りながら、ゆっくりと帰る2人。

そしてその時らっこんの右手には、当然「キリンの一番搾り」が握られていた。

      

「キュッ、キュッ、キュッ♪」

2008年2月

(3日間)

「下関濃密2泊3日の旅」

               

らっこん念願のふぐを喰らいに下関へ。

まずは、北九州空港から下関の対岸である門司港へ。

昼食を済ませた後、ごーしゅーとらっこんは人道トンネルで下関へ上陸。

下関側人道トンネル入口のすぐ近くにある「みもすそ川別館」へ。

そこで2人はふぐのフルコースを堪能。らっこんはヒレ酒を2人分飲んで上機嫌。

そしてその日はそのまま「みもすそ川別館」に宿泊した。

翌日はレンタカーで、角島大橋&油谷の棚田へ。

絶景を満喫した後、帰りには川棚温泉の「瓦そば たかせ」で下関名物の瓦そばを堪能。

らっこんは瓦そばを2人分食べて上機嫌。(運転のためお酒は飲めず)

そして最終日は下関の唐戸市場へ。

そこで2人は獲れたての海の幸をたらふく堪能。

まさに下関の食を濃密に堪能した3日間であった。

帰りは山口宇部空港から飛行機で帰京。

山口宇部空港でもらっこんはビールを飲んで上機嫌だった。

2007年11月

(3日間)

「倉敷リベンジ」

               

ごーしゅーの父方の実家・京都で法事を行うついでに、

7月に行ったばかりの倉敷に再度訪れようと、ごーしゅーとらっこんは一路倉敷へ。

倉敷最大の目的は、美観地区でもチボリ公園でもなく、『味なかがわ』。

7月に倉敷を訪れた際、らっこんが「シャンパンの瓶が飾ってあったから」という理由で

入店したこの『味なかがわ』。

フランス料理店ながら、くつろげる店内と、箸で食べるというそのスタイルで、

従来のフランス料理店が持つ妙な緊張感が解消され、

また価格も、東京と比べると、かなり安めの設定になっていることから、

フォアグラなどの高級食材も、気軽にオーダーでき、

「悪夢の瀬戸内巡り」を続けていたごーしゅーとらっこんにとって、

この『味なかがわ』はまさに一時のオアシスとなっていた。

そんな『味なかがわ』に再度訪れたいということで、

今回ごーしゅーとらっこんは、これだけのために倉敷を訪問。

そして2人は『味なかがわ』でフォアグラや鴨の料理を堪能。

さらにらっこんはそれに加えてシャンパンやワインを堪能し、

2度目の今回も、満足の行く食事をこの『味なかがわ』で味わうことができたのであった。

ちなみに時間があったので今回も再度美観地区を探索。

なおチボリ公園は外観を見ることもありませんでした・・・。

2007年8月

(3日間)

「スーシャと行く宮城県2泊3日の旅」

               

3月に引き続き再びらっこんのロシア交流時のホスト・スーシャに会いに仙台へ。

今回はそのスーシャと一緒に、松島と蔵王を巡りました。蔵王のそばと「お釜」は最高!!

2007年8月

(日帰り)

「関東完全制覇B宇都宮で餃子を喰らう」

               

栃木・宇都宮の行列のできる餃子店で名物・餃子を堪能!!

2007年7月

(3日間)

「悪夢の瀬戸内3県巡り」

               

ごーしゅーの母方の実家・広島で法事を行うついでに、

香川と倉敷も巡ってしまおうと、勇んで向かった瀬戸内3県巡り。

ごーしゅーにとって3年ぶりとなる『寝台特急サンライズ(瀬戸)』の

希少な“サンライズツイン”に乗って旅はスタート。

翌朝、高松に到着。

高松ではごーしゅー・らっこん両名が楽しみにしていた、讃岐うどん巡礼。

らっこん運転のレンタカーで讃岐うどんの有名店を巡礼するが

期待が大きすぎたのか、どこもイマイチ口には合わず・・・。

満腹に膨れたお腹と失意をかかえた中、高松を後にした2人は、瀬戸大橋を越え倉敷へ。

倉敷では美観地区を堪能しようとしたものの、そこに直撃したのは“台風”。

強い雨風のせいで、美観地区もそこそこにホテルにこもることとなる。

そして本来の目的地である広島。

ここでは台風一過の晴天で、厳島神社を堪能するも、

ごーしゅーにとって史上最大の悪夢が!!

なんと、電車の中に、愛用のリュックを置き忘れてしまうという大失態・・・。

結局、リュックは見つからず、ごーしゅーにとっては散々な瀬戸内巡りとなった。

2007年5月

(3日間)

「日本最西端・与那国島2周ツアー」

               

日本最東端、日本最北端と制したごーしゅーが、

今度は日本最西端の地・与那国島に降りたった!!

2007年GW

(日帰り)

「関東完全制覇A秩父の芝桜に酔う」

               

埼玉・秩父の芝桜、長瀞の川のせせらぎ、そして何より・・・、おそばとビール♪(らっこん談)

2007年4月

(2日間)

「もうひとつの披露宴・長野」

               

らっこんの父方の田舎である長野県・飯田で親戚を集め盛大な披露宴!!

2007年3月

(2日間+4日間)

「日露決戦 究極のホーム&アウェー」

               

らっこんのロシア交流の時のホスト・スーシャが、1年間日本に留学中のため、

ごーしゅーとらっこんはスーシャの住む仙台へ1泊2日の弾丸旅行!!

そしてその2週間後、今度はスーシャが東京へ!!

2007年2月

(2日間)

「関東完全制覇@大洗であんこうを喰らう」

               

らっこん念願のあんこう鍋を喰らいに茨城・大洗へ!!

2006年11月

(10日間)

「グアム挙式&熊本新婚旅行」

               

ごーしゅーとらっこんがグアムで挙式。

そしてらっこんの好物・馬刺しを食べに本場熊本へ!!

本場の馬刺しと、天草「五足のくつ」に、らっこん狂喜乱舞!!

2006年8月

(1週間)

「史上最大アメリカ横断ウルトラツアー」

             

ロサンゼルスにいるかえるちゃん、ヒューストンにいるはるちゃんに会うため、

7泊8日で怒涛のアメリカ横断!!

2006年5月

(3日間)

「四国食い倒れバスツアー」

               

ごーしゅーの故郷・京都に行ったついでに、四国の高松・高知を高速バスで訪問。

高松「山田家」のうどん、高知の鯨にらっこん感涙!!

2006年5月

(3日間)

「みちのく食い道楽の旅 番外編」

           

以前食い道楽の旅で訪れた喜多方に、らっこんと再び訪問。

2006年2月

(3日間)

「みちのく食い道楽サイコロの旅 完結編」

               

『みちのく食い道楽サイコロの旅』の完結編。

ここまで東北6県中5県を制覇していたごーしゅー。

「秋田」を制覇すれば東北6県完全制覇となるところだったが、

なんと第1投目であっさり「秋田」の目を出し、ここでサイコロの旅は完結・・・

となるところだったのだが、雪の影響で秋田新幹線がまさかの運休。

青森経由で大回りして秋田に向かうこととなった。

結局、目的地の秋田・大館にたどり着くまでに、

前沢→青森→五能線と寄り道しながらの東北6県達成と相成ったのでした。

2006年1月

(日帰り)

「日帰りほうとうツアー2」

       

正月休みのある日、ごーしゅーはほうとうを食べるため、

らっこんと共に7年ぶりに甲府を訪れる。

そこで2人は「鴨肉ほうとう」と「猪肉ほうとう」を堪能した。

2005年9月

(3日間)

「みちのく食い道楽サイコロの旅2」

     

『みちのく食い道楽サイコロの旅』の第2弾。

今回はJR東日本の乗り放題切符「三連休パス」を使い、

2泊3日で前回行けなかった「秋田」と「福島」を制覇しようという旅。

第1投目から目的地の1つである福島県・会津若松で「馬刺し」の目を出し、

第2投目も、山形・米沢で「米沢牛フィレステーキ」と、

幸先良いスタートに見えたが、

第3投目、第4投目は続けて、福島・喜多方で「喜多方ラーメン」と、

“喜多方魔のアリ地獄”に陥ってしまう。

第5投目、宮城県・仙台で「牛タン弁当」の後の第6投目。

チャンスタイムとなった第6投目は、

ゴールとなる秋田・大館「比内地鶏」と、

青森・大間岬「大間まぐろ」の二者択一。

しかし、運悪く、青森・大間岬の目を出してしまい、ここでジ・エンドとなった。

2005年8月

(1週間)

「“2回目の”ロシア交流」

     

2回目となるロシア交流。今回のホストも男の子。

ホストをはじめとして家族にとてもよくしてもらったが、

交流終盤は、バーブシカ(おばあちゃん)の

「イッショ〜ク〜シェ」攻撃に苦しんだ。

     

ごー&らこが行きたい旅行先候補はこちら

     

    

ごーしゅー旅の記録(単身時代)

   

2005年4月

(2日間)

「みちのく食い道楽サイコロの旅」

      

JR東日本の南東北乗り放題切符「土日きっぷ」を使い、

1泊2日で東北6県を完全制覇しようという旅。

ただし、行き先は自由に決められるわけではなく、

東北6県をサイコロの6つの目に振り分け、

そのサイコロの出た目の県に行って食事を取らなければならない。

第1投目は宮城県・仙台で「牛タン」。

そのあと、岩手・前沢で「前沢牛」→山形・米沢で「米沢ラーメン」→

青森・八戸で「いちご煮」と順調に進むが、

お腹がいっぱいになってしまい、再び仙台の目が出たところで終了した。

2005年2月

(3日間)

「鳥取砂丘リベンジ」

       

タコなぐり通信のファンのだという

りぼんちゃん(伊勢CHACHARAファミリーフェロウ)に会うため、

伊勢のファミリーを訪問したついでに、

天橋立(京都)、城崎(兵庫)を経由して、

1年前に見れなかった鳥取砂丘を見に行った旅。
鳥取砂丘を見ることはできたが、その後再び猛吹雪に会い、飛行機が欠航。
結局、電車を乗り継いで帰京するはめになる。

2004年12月

(3日間)

「金曜どうでしょう班・最初で最後の旅」

      

「水曜どうでしょう」好きのばふんファミリーメンバーで結成した、

「金曜どうでしょう班」こと、ごーしゅー、かえるちゃん、ぱーらー、

そしてマギー(ブイヨン)の4人で行った、韓国(釜山)への旅。
釜山では、海の幸を満喫するが、ごーしゅー、かえるちゃん、ぱーらーは、

大量の韓国料理とハードスケジュールがたたり、相次ぎ体調を壊す。
そんな中、食前の儀式(胃薬を飲む)をしていたマギーだけが、

体調を崩さず元気に帰国した。

2004年9月

(1週間)

「日本縦断&47都道府県完全制覇の旅」

       

ごーしゅーが今まで行ったことの無かった北陸(富山・石川・福井)と、

九州(福岡・沖縄を除く)を1度に制覇するために、

日本最北端・宗谷岬から鹿児島までを1週間で縦断した旅。

宗谷岬・利尻島・礼文島を丸2日かけて満喫したタコ息子は、

その後1日半をかけて、北陸を経由して日本を大縦断。

九州に入ってからは、小倉→別府→臼杵→大分→鳥栖→長崎→

ハウステンボス→鳥栖→熊本→宮崎→熊本→鹿児島という経路で、

見事、九州制覇、そして47都道府県完全制覇を果たした。

2004年3月

(3日間)

「中国“地方”完全制覇の旅」

      

「中国に行く!!」と言い放ち、ごーしゅーが向かったのは中国“地方”。
その中でもごーしゅーが行ったことがなかった山陰(鳥取・島根)を訪れたが、
ごーしゅーがどうしても見たかった鳥取砂丘は、猛吹雪のため見れずじまい。
結局時間が余ったので、四国・高松でうどんを食べて旅が終了した。

2003年年末

2004年年始

(1週間)

「“1回目の”ロシア交流」

     

4回目のヒッポ交流。

前回の交流から中4ヶ月での交流となったが、

前回はホームステイがなかったため、実質は3年ぶりのホームステイ交流。

当初はウラジオストクの18歳女子大生が受け入れてくれる予定だったが、

交流1週間前に急遽ホストチェンジ。

結局ウスリースクの男5人兄弟の家へホームステイすることとなった。

2003年8月

(1週間)

「メキシコトランスナショナルヒッポ合宿」

      

3回目のヒッポ交流。

メキシコで開かれる2泊3日のヒッポ合宿に参加するプログラムだが、

この年は、12日間の「ホームステイ&合宿コース」と、

1週間の「ホテルステイ&合宿コース」があり、

会社を1週間しか休めないごーしゅーは、

「ホテルステイ&合宿コース」で参加した。

2003年5月

(3日間)

「ごーしゅー納沙布岬の旅」

      

おりーぶに付いて釧路の講演会に行ったついでに、
1日休みを取って日本最東端の納沙布岬へ。

北方領土を目の前にし、ロシアのようなイメージのその光景に感動する。

また日本最東端の食堂「すずき食堂」で食べた“生ほたて”にも感動する。

2000年から2003年にかけては、ヒッポの体験談や知り合ったフェロウのファミリー訪問などで

いろいろな場所を渡り歩いた。 

<主な訪問地>
  札幌(おりーぶ講演会・札幌中央ブロック合宿・ファミリー)、釧路(おりーぶ講演会)、秋田(体験会×3)、
安比高原(東北合宿)、

  仙台(ちえちえ付き)、宇都宮(ファミリー)、長野(体験会)、上田(体験会)、浜松(体験会)、名古屋(ファミリー)、大阪(ファミリー)

2000年12月

(1週間)

「タイ・チェンマイ交流」

      

最初の交流でつらい目にあったにも関わらず、

準備と報告の楽しさから、わずか中10ヶ月で行った2回目のヒッポの交流。

タイ第2の都市・チェンマイで1週間受け入れをしてもらうが、

受け入れしてくれた夫婦は共働きで、他の家に預けられることが多く、

うち1日は、丸々1人きりの時もあり、

その日は貸してもらった自転車で、街中を走り回っていたが、

普段はホストの車の中から眺める単なる車窓だった街並みが、

自らが操る自転車で、お店1件1件を立ち止まってみることができ、

結果的にはこの日が最もタイを肌で感じることができた日となった。

それでも親切にしてくれたお礼にと、

ごーしゅーは、最終日にその夫婦の似顔絵と感謝のメッセージを書き、

お別れの時には、うっすらと涙も浮かべるほどであった。

タコ息子には珍しく、感動的なエピソードが残る交流だが、

感動的なエピソードでは笑いが起きないため、

あまりこの交流の話をしていない。

2000年2月

(2週間)

「韓国大学生交流(釜山・ソウル)」

     

ヒッポに入って初めてのホームステイ交流。

大学生(トラカレ生含む)限定の交流で、全国から10数人が参加。

下関に集合し、まずは船で釜山へ。

釜山では釜山経商大学の学生が1週間受け入れをしてくれたが、

そりが合わずに、おまけに体調を崩し、つらいままホームステイを終える。

そのあと、バスで7時間かけてソウルへ移動。

ソウルではヒッポ(当時はLEX KOREA)のメンバーが受け入れをしてくれ、

5日間ホームステイ(うち2日間は韓国青少年合宿)をする。

ホームステイ終了後再びバスで釜山へ戻り、船で帰国。

ごーしゅーのヒッポ交流史上、最もつらかった交流として、今も語り告がれている。

1999年

7月〜8月

(1ヶ月間)

※大学3年生

「オーストラリア・ケアンズ語学研修」

      

ごーしゅーがヒッポに入会するきっかけとなった、

旅行会社の1ヶ月間の語学研修プログラム。

1ヶ月間、英語学校に通いながらホームステイをしていた。

1999年3月

(4日間)

「韓国一人旅」

      

「ウルトラクイズ」の参加資格を得るためパスポートを作ったので、

せっかくだからと行った初の海外旅行。
行き先を迷ったため、時刻表の後ろのほうに載っている国際線空港コード表の中から、

サイコロで行き先を決め、「ソウル」に決定。
しかし宿も決めずに行ったため、路頭に迷い、結局日本語が通じる高級ホテルに泊まり、
有り金のほとんどをデポジット料金として取られる。
2日目は空港にあった観光ガイドを頼りに、景福宮へ。
しかし、わけもわからずに歩いていると、いつの間にか政府の施設に入り込んでしまい、

ガードマンに取り囲まれる。(迎賓館のようなところだったらしい)
また、言葉が通じず店に入るのが怖かったため、食事ができず、

2日目の夕食まで食事抜き。
夕食でようやく、日本語の話せる店員がいる店に入ることができたが、
食べたかったプルコギは「2人前から!!」と言われ、仕方なく“タコプルコギ”を食べる。
結局3泊4日の間で、食事をしたのは、たったの3回だった。

1999年2月

(5日間)

「四国一周の旅」

      

「ウルトラクイズ」にも一緒に参加した友達(男)と一緒に、

四国周遊キップを使って、四国一周旅行。

香川でうどんを食べ、徳島・鳴門では鳴門海峡のうずしおを望み、

高知では、ちょうどキャンプに来ていたダイエー・王監督に会い、

松山では鯛めしを食べるなど四国を満喫したが、

途中、友達とお互いのやりたいことが食い違い、ケンカ。

友達とはそれ以後、疎遠になったままである。

1999年冬

(日帰り)

「日帰りほうとうツアー」

       

大学が春休みになったある日、ふと思い立ち、

山梨の甲府まで1人で“ほうとう”を食べに行く。
食べたのは、ほうとうと白子の天ぷら(計3150円)。

1998年

8月下旬

(4日間)

「4大ドームツアー」

      

「初めての1人旅」で名古屋に行った際、名古屋ドームに行ったため、
せっかくだから当時あった4つのドーム(東京・名古屋・大阪・福岡)を
完全制覇しようと、最初の1人旅から中2週間で行った旅。
まずは高校軟式野球の決勝を観戦するため兵庫県・明石市営球場へ。
そのあと道頓堀、そして夜に大阪ドームへ。
翌日は福岡に行き、市内を散策後、福岡ドームで野球観戦。
そのあと寝台特急に乗って東京に帰ろうとしたが、台風のため運休となり、
寝台特急へ乗り継ぐ予定だった広島で一泊し、翌日東京へと帰る。
そしてその翌日、東京ドームで行われた、
「今世紀最後 史上最大アメリカ横断ウルトラクイズ」の第1次予選に参加。
隣に座っていたクイズおたくらしき男が1問目で散る中、ごーしゅーは3問目まで進出した。

1998年

8月上旬

(約2週間)

※大学2年生

「初めての1人旅(札幌→名古屋)」

    

ごーしゅーの記念すべき最初の一人旅。
当初、北海道に行くか九州に行くかを迷ったため、
サイコロを振り、出た目が、奇数なら北海道、偶数なら九州と決めて、行き先を決める。
結果、奇数が出て北海道・札幌へ行くことに決定。

まず羽田で飛行機のチケットを買うが、一般席が満席だったため、

しかたなくレインボーシート(JAS)に乗って新千歳空港へ行く。

札幌では、味の時計台でラーメン、藻岩山、円山球場でプロ野球観戦など。
その後、札幌から電車を乗り継ぎニセコ経由で函館へ。その函館でウニのおいしさを知る。

それから高校の野球の夏合宿が行われていた長野・駒ヶ根へ向かうため、

日本海沿線を通り、途中長野駅で1泊。

長野駅では、時刻表の広告に載っていた3000円ホテルを予約するが、

安いだけあり、鍵も閉まらないようなボロボロのホテルに宿泊することになる。

そして駒ヶ根に行き、野球の合宿に先輩面して参加。

その途中、合宿所を抜け出し、当時、姉が住んでいた名古屋まで旅をする。

その後再び駒ヶ根の合宿所へ戻り、コーチの車で東京へ戻った。

1998年2月

(3日間)

※大学1年生

「悪夢の沖縄家族旅行」

    

ごーしゅーが当時のバイト先だったスーパーの懸賞で、格安の沖縄旅行が当たったため、

家族を誘って沖縄旅行へ。

しかしその最中、父親とケンカし、

ごーしゅーはもう二度と家族と旅行には行かないことを決心した。

(高校時代)
学校がイヤだったため、学校をさぼり、東京近郊のJR線を乗り回す。
(中学時代)
部活(野球部)に専念していたため、家族旅行は行かなかったが、
部活の合宿で、長野の駒ヶ根には毎年行っていた。
(幼稚園〜小学校)
当時、京都に住んでいたごーしゅーは、家族旅行で、関西近郊をよく旅行していた。
また、母方の実家である広島にも毎年訪れる。